宝塚歌劇団の創設者・小林一三氏。今でも役立つ名言エピソード!

宝塚歌劇団を作り上げたと言われる「小林一三」氏。
宝塚だけでなく、阪急電鉄や阪急グループを創設した実業家であり、政治家でもあります。

常に新しい事にチャレンジし、成功した小林氏でありますが、数々の名言を残されていました。
今回は数多くの名言の中、一つを掘り下げて見ましょう。

■ ・・・下足番を命じられたら、日本一の下足番になってみろ。


小林一三 <出典:http://meigen.keiziban-jp.com/%E5%B0%8F%E6%9E%97%E4%B8%80%E4%B8%89>

そうしたら、誰も君を下足番にしておかぬ。・・・

これは、数ある小林一三氏の名言の中でも、一番ポピュラーなもの。

分かりやすいですね。

どんな仕事でも手を抜かず一生懸命やり、その道のプロになるほど頑張ってみましょう。

たとえその仕事が自分の意にそぐわなくても、納得いかなくても、与えられた環境の中で精進すべきです。

人は必ず見ていますから、おのずと道は開けます。

こんな意味でしょうか。

この言葉はいつ言われたのか・・・言葉が有名な割には、どんな時に言われたのかは定かではありません。

ただこの言葉は、小林氏御自分の身に置いた可能性もあります。

■挫折が多かった小林一三氏


小林一三 <出典:http://sutakorasacchan.com/post-2229/>

1873年、山梨県の裕福な商家に生まれた小林氏ですが、幼い頃に母親が病死、婿養子だった父親も直後に家を出る事となり、本家で育てられます。

慶応義塾大学卒業後、新聞社に就職したかったのが叶わず、三井銀行に入行する事になりました。

34歳の時に新しい証券会社設立の為に銀行を辞めますが、同年アメリカ発の金融恐慌にぶつかり新証券会社の設立はなりませんでした。

無職となった小林氏が務める事になったのが・・・倒産寸前の鉄道会社の監査役です。

不本意だったでしょうが、小林氏はそこでも最善を尽くし、結果その会社を阪急阪神東宝グループの中核に育てあげていくのです。

思い通りに成らなくても、諦めずに前進していった様ですね。





■学生時代は文学青年


小林一三 <出典:http://www.kwansei.ac.jp/r_history/r_history_008857.html>

慶応時代には塾寮で機関誌の主筆をしたり、郷里の山梨日日新聞に小説を連載したりと、中々の文学青年だったといいます。

宝塚歌劇団でも22作の脚本を執筆したと言いますから、実業家でありながら芸術にも高い理解があり、宝塚ワールドを築く事ができたのですね。

■名言は舞台でも色褪せません・・・


小林一三 <出典:http://kageki.hankyu.co.jp/fun/history.html>

宝塚歌劇団は、女性だけの舞台という世界でも稀有な存在の劇団です。

100年を超えてもなお、何世代もの皆さまに愛されるのには、創設者「小林一三」氏の教えがあるからでしょう。

・・・どんな役でも真摯な態度で努める・・・名言はタカラジェンヌにも当てはまるのかも知れませんね。


著者:なむちょび


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