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新しい形を模索するミラン所属のサッカー日本代表のエース本田

2014年の敗退するきっかけとなったのは自らのレベルを過大評価しすぎたことによるおごりと自己を評価した選手がいたのですが、、その選手というのが現イタリアのミランに所属している本田圭佑選手です。

本田圭佑 <出典:http://blog.goo.ne.jp/datian17town/e/7c3a24e7e4da200b58768706dfe05283>



2014年ワールドカップにおいて敗退した理由

2010年のワールドカップが終わり決勝トーナメントに進出できたことで、それからの4年間のサッカーは強豪と渡り合える最高のサッカーを展開することに成功したのです。

しかし本番になった2014年のワールドカップは強豪と渡り合えるサッカーが見る影もなく敗退することになり、その要因の多くは4年の間に継続的に続けてきたサッカーを研究されたことと攻撃に対してシュートが入らないジレンマに陥ったことです。

20147ワールドカップ <出典:http://www.toho-jutaku.com/wp/blog/finale_of_zac_japan>

その影響を最も受けたのが、現イタリアのトップリーグに所属している本田選手だと言えます。



本田が日本代表のエースになるまでの軌跡


2010年も新監督だったオシム監督が病気によって勇退し、その後の日本代表もエース中村選手の不調により成績が思わしくなく暗雲が漂っていたのです。

そこで本大会に入る前にチームを抜本的に変えるために、その時のエースである中村選手からロシアリーグで活躍をしていた本田選手にバトンタッチすることにしたのです。

その結果は2ゴール1アシストと最高の結果を出すことで決勝トーナメント進出の原動力となり、さらにロシアリーグでも好成績を残し、そして2011年のアジアカップでも優勝の原動力となりエースの称号を得ることに成功したのです。

本田圭佑・アジアカップ2011 <出典:http://tribune.com.pk/story/111198/japan-land-record-fourth-asian-cup-title/>



2014年の失墜と現在のミラン本田になるまで

2011年を最高の形で終えたのはひとえに本田選手の活躍が大きく、そのプレイスタイルはヨーロッパで長年やっていることによる鍛えあげた体幹を利用しての安定感のあるキープ力とゴールへの決定力で仕事をしていたことです。

しかし2013年から2014年になり本番が近付いたことで、この本田選手に良くも悪くも転機が訪れることになります。それはロシアリーグですべてのタイトルを取りモチベーションが落ちていた段階でイタリアのミラノからのオファーを受けて入団したのですが、このロシアリーグでサッカー選手に良くある足のけがをしてしまいイタリアのトップリーグに出られないことが増えたのです。

そして脚の怪我と試合勘の喪失によってこれまでのキープ力とシュート力を奪ってしまい、その結果として1ゴールはしましたが動きに精彩を欠くことになり敗退の理由の一つになってしまったのです。

本田圭佑・ミラノ <出典:http://netbaseinfo.com/post-442/>


現在のミラン本田は2014年の自己反省を込めて、これまでと違う新しい自分の形を模索する方向に舵を切ったのです。これまでのキープではなく貪欲に走りそしてゴールする形をすることで結果を出すようにし、現在の日本代表でもゴールするなど模索は続いていますが結果はついていると言えます。

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