3,383 views

11月にワンマンツアー決定!米津玄師の軌跡を辿る

ニコニコ動画から活動を広げ、シンガソングライターとして唯一無二のその音楽性でファンを拡大している米津玄師。

2015年には『輝く!日本レコード大賞』では優秀アルバム賞を受賞し、その音楽や彼の感性は多くの若者に影響を与え、今最もライブチケットが取れないアーティストとして注目されています。

9月28日にリリースするニューシングル「LOSER / ナンバーナイン」をひっさげ11月より行うワンマンツアー「米津玄師 2016 TOUR / はうる」の開催も決定した米津玄師のこれまでの活躍を、これまでリリースされてきたアルバムを通してご紹介していきたいと思います。

米津玄師の原点"ハチ"


ハチとは、米津玄師がニコニコ動画で初音ミクをはじめとしたボーカロイド楽曲を投稿するときに使用している名義です。

ハチ名義では多くのボーカロイド曲を投稿してきましたが、『マトリョシカ』や『パンダヒーロー」』『結ンデ開イテ羅刹ト骸』など再生数が100万を超えるミリオン再生動画も多く、当時10代ながらニコニコ動画での活躍はめざましいものでした。実はそれ以前にニコニコインディーズ通称"NNI"で自分でつくった曲を自身で歌い投稿していたのですが、ある日出会った初音ミクのソフトを視聴しこれなら自分にも音楽を作れると思い、すでにボーカロイドシーンがニコニコ動画内でも盛り上がっていたこともあったので、すぐさま購入を決意したそうです。

曲をつくることや、イラストを描くこと、動画をつくることは楽しく、ボーカロイドシーンが楽しくて、ひたすらに投稿していた米津玄師。もともと個人主義的な性格から他人と一緒に音楽をやることは苦痛だったようです。自分の感性と違ってやりたいことが見失ってしまうなら「自分ひとりでやろう」と思ってしまうと語っています。そんな彼にとってこのニコニコ動画という場所はとても相性がよかったのかも知れませんね。

徹底的個人主義で新しい音楽を"vivi"

ニコニコ動画で名声を得た"ハチ"でしたが、そこから"米津玄師"としての現在の活動までは順風満帆なものではありませんでした。そもそも音楽をはじめたきっかけはBUMP OF CHICKENやASIAN KUNGFU GENERATIONなどの邦楽バンドに憧れたことからでしたが、ボカロに留まらず一歩踏み出したい、憧れたあの人たちと同じステージに立ちたいと思いバンドを組んだこともありました。しかしそのバンド活動はうまくいくことはありませんでした。

それは自らの音楽に絶対の自信をもっているからこそ。自分がよいと思えるものだけを作りたい、そんな彼の性格がなければ彼の音楽の才能は開花することはなかったでしょう。しかしこの時は、個人主義な自分は共同作業というものが本当にできないのだなあと苦しんだと明かしています。

これ以上バンドに固執して自分が今やるべきことを後回しにするのはよくないと思った彼は、ついに米津玄師として個人での音楽活動をスタートさせます。その後発売した1stアルバム「diorama」は当時の気持ちが表された曲が多く収録されています。バンドサウンドとは対照的なメロディーと、ディスコミュニケーションがテーマのような曲たち。「他人に理解を求めるべきではない」「わかりあえない」ということを前提にした歌詞たちがとても印象的です。この収録曲を制作している時は、「今まで聴いたことのない音楽を作ろう」という意識が強かったと語っています。


光のある音楽に手を伸ばした"サンタマリア"

自分がいいと思う音楽のみを求め、狭い視点でのみ作ったという「diorama」をリリース後、これまでのやり方はもうやめようとおもったそうです。自分の好きな音や言葉使い、リズムやメロディーなどを100%詰め込んで作ったあとは、燃え尽きた感覚になってしまい、これ以上やれることはないと悶々とした日々を送っている中でリリースした「サンタマリア」は米津玄師にとってとても大きな意味のある"きっかけ"の曲になりました。


「diorama」がディスコミュニケーションがテーマだとしたら、「サンタマリア」はコミュニケーションがテーマといえるでしょう。これまでの米津玄師の音楽にはなかったストレートに美しい楽曲となっています。この曲をつくったことで、これまでの"自分の好きな音楽だけ"という気持ちに制約を設けるようになったそうです。綺麗なメロディーと前向きな歌詞で音楽的にも変わったように思いますが、この時変わったのは米津玄師自身の気の持ち方だったのです。

この「サンタマリア」をきっかけに、歌詞にも前向きな気持ちが込められていることがわかります。「闇を背負いながら一緒に行こう あの光の方へ」という歌詞のままに、どこか明るい楽曲を制作するようになったのはこの頃からでしょう。

その後リリースした2ndアルバム「YANKEE」では、これまでになくバンドサウンドが全面に出た1枚となりました。これまで1人で制作してきた米津玄師が多くの人と作り上げたこのアルバムは、これまで避けてきた共同作業にも前向きに、コミュニケーションが上手くいかないとしてもそこからどうやってコミュニケーションをとるのか。そんな気持ちが込められながらも、これまでの米津玄師らしい自分の好きな音も詰まっているまさに「移民」的なアルバムです。



変わらなければ、自分と向き合い気づく"アンビリーバーズ"

今まで聴いたことのない音楽を作ろうというようなやり方と、普遍的な言葉やメロディーを探して誰にでも好まれるような音楽を作るやり方が、いわば半分半分だった「YANKEE」を経て、今度は今までの自分を取っ払ったもっと"普遍的でみんなが知っていることだけでつくる音楽をしようと制作されたのが3rdアルバム「Bremen」でした。


シングル曲としても発売された「アンビリーバーズ」はギターを使用しない曲になっていますが、「サンタマリア」以降感じていた"変わらなければならない"という考えをもって作られた1曲です。打ち込みだけで作られキラキラしている音の中に希望が感じられながらもその裏側も表現している"否定による肯定"がテーマになっています。アンビリーバーとは、何かを信じない者だと米津玄師は語っていますが、それはそのままでは何かを信じないけれど、それ以外のものを否定することでその何かを信じざるを得ないようにするというような、面倒だけどそんなやり方でしか生きていけない自分の本質的な部分をさらけ出した曲だそうです。

もともと個人主義だった米津玄師が、自分と同じような人にも手を差し伸べられるような楽曲を作りたいと一歩踏み出した気持ちが溢れている「Bremen」。これはブレーメンの音楽隊からインスピレーションを受けたそうです。誰かのために音楽を作りたいと思い、自分の身近にいる人間を肯定したいと思ったことでうまれたこの一枚には、理想郷にたどり着かなくてもその中で自分に折り合いをつけながら、色んな人と相互作用しあい、些細な幸せを見つけて生きていくことも大事なんだというメッセージが込められています。


聴く人を導ける音楽を

米津玄師 アルバム <出典:reissuerecords.net>

ここまで米津玄師がリリースしてきたアルバムや楽曲を通して、彼の軌跡を辿ってきましたがいかがでしたか?
ニコニコ動画から一歩踏み出し、そのなかでもがきながらも音楽を制作してきた米津玄師の楽曲たちには、その時々の気持ちが素直にあらわれています。

自身を悲観的な性格で孤独な人間という彼は、自分と同じような人も前を向いて生きていく必要があるんだと伝え、自分がその先頭に立ち、導いていくようなことをやるべきなのではないかと思うようになったと語っています。自分に共感してくれる人の気分や意思を、そんな自分だからこそ代弁できると楽曲を制作する中で感じているそうです。

これからも聴く人に寄り添いながら、希望へと導いてくれるような音楽を米津玄師は届けてくれることでしょう。

カテゴリー
コメントを投稿する

この記事にコメントを投稿する

メールアドレスが公開されることはありません。

この記事を見た人はこんな記事も見ています

J-POPの最新記事

特集記事

気になるエンタメ情報を調べる!