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50年以上にわたり世界中でライブを行うポールマッカートニーはプロ意識の塊

ポールマッカートニーは公式には7回来日しており、5回のライブを行っています
1回はビートルズのメンバーとして来日し、伝説の武道館ライブを行い、他の4回はポール一人による単独公演です。

ポールマッカートニーの日本公演を振り返ってみましょう。

 


ビートルズ時代の来日は厳戒態勢

ポール・マッカトニー <出典:onoff.ishin159.info>
ポールマッカートニーが初めて日本にやってきたのはビートルズの一員としての1966年です。
このときは日本武道館でライブを行いました。

日本武道館はいまや音楽ライブのメッカとなっていますが、ここを初めて音楽の公演に使用したのがビートルズでした。
しかし武道館を使用するに当たっては、「武道の聖地をチャラチャラした音楽なんかに使うな」などという反対意見も出ました。

ビートルズの来日自体も大変な話題となり、来日に反対する人たちがデモを行い、機動隊が出動するなど、日本全体が大騒ぎとなりましたが、ビートルズは「ロックンロールミュージック」から「アイムダウン」まで11曲を淡々と歌い、ほんの30分程度の公演自体は何のトラブルもなく終了しました
ポール・マッカトニー <出典:http://girlschannel.net/topics/581316/>
この公演を中継した日本テレビの視聴率は50%を超えていました。

なお、来日時に日本の警官たちが腰に拳銃を携帯していたのが印象に残っていたポールマッカートニーは、のちに「リボルバー」というタイトルのアルバムを作りました。

 


入国拒否、日本で逮捕の悲しい歴史も


ビートルズ解散後、ポールマッカートニーはウィングスというバンドを結成し、精力的にライブ活動を行っていました。
しかし、日本公演は計画されていたものの、一度も実現しませんでした
ポール・マッカトニー <出典:little-wings.jimdo.com>
まず、1975年の公演では入国拒否に遭い来日自体ができませんでした。
これは、1972年にマッカートニー夫妻とデニー・シーウェルがスウェーデンにおいて大麻所持で逮捕された経歴を日本側が重視したからだと思われます。

2度目は1980年で、このときは大麻所持によりポールマッカートニーが逮捕され、公演が中止になってしまいました。
実際に大麻を持っていたのは奥さんのリンダ・マッカートニーさんで、彼は奥さんをかばうために自分のものだと主張したようです。

1975年はウィングスが絶頂期だっただけに、来日中止は大変残念なことでした。

 

まさにプロ意識の塊、2013年日本公演

ウィングスを解散した後のポールマッカートニーは、たびたび来日しては単独でライブを行っています。
2001年に「ドライヴィング・レイン」というアルバムを出し、アメリカツアーを行ったものの、観客の反応はビートルズ時代の曲に集中し、ニューアルバムの曲にはあまり良い反応ありませんでした。
ポール・マッカトニー <出典:www.pinterest.com>
しかし、日本から来たファンだけが一緒に歌ってくれるので、ステージ上からファンに対し「どこから来たの?日本?じゃあ来年行くよ!」と日本でのライブを約束し、2002年に実現しました

2013年の公演は、まさに社会現象となりました。
ビートルズ時代の「Eight Days A Week」から第二アンコールまでの「Golden Slumbers~Carry That Weight~The End」のメドレーまで70歳にして全37曲を歌い切り、大絶賛を浴びました

2014にも来日し、公演を行う予定でしたが、体調不良が原因で全公演が中止となりました。
彼自身は、体調がすぐれないにもかかわらず、会場行きの車に乗りましたが、やはり無理と判断し、ホテルへ戻ったそうです。

ポールマッカートニーは、ビートルズ時代からウィングスを経て、ソロになるまで、ほぼ半世紀にわたりライブ活動を行っています。
ポール・マッカトニー <出典:www.diamondblog.jp>
おそらく、50年以上にわたって世界中を精力的に回りながらライブを行う人などまずいないのではないでしょうか
まさに、ライブをするために生まれてきたようなミュージシャンと言えそうです。

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